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コラム

 

「おかしい」は「可笑しい」か?

2021年07月08日
弁護士  小坂 祥司   プロフィール

「おかしい」は「可笑しい」か?

 

 

 もう10年以上前のことになりますが、ある外国人の刑事事件を担当した時のことです。
 被告人の外国人と接見していたとき、通訳の人の言葉に彼が怪訝な顔をしたので、それが気になったことがありました。接見のときには気がつきませんでしたが、後でよく考えてみると、私の方が「おかしい」という言葉を使ったときのことだったと思い出したのです。
 私としては、そこは検察の主張や対応が間違っているという意味で「おかしい」という言葉を使ったはずだったのですが、そのときの通訳の人の訳語は、「funny」だったことを思い出しました。

 

 「funny」だと「愉快な」ということになってしまいます。

 被告人にとっては真面目な話をしているときに、いきなり「愉快だ」と言われれば怪訝な顔をするのも当然です。もし私の意図に沿った訳語を当てるなら、strange(変だ)かwrong(間違っている)だったでしょう。
 「おかしい」という言葉には、私がそのとき使ったように、「変だ、間違っている」という意味のほかに、「こっけいだ、愉快だ」という意味があり、更に過去には「枕草子」で使われているような「いとをかし」の「をかし」の意味まであったのでした。
 私たちは普段、「おかしい」をよく使います。これだけいろいろな意味を持っている言葉ですが、通常は会話・議論の流れや、発言がなされる場所などを考えて、どの意味で用いられているかを瞬時に判断することができています。接見の時にお願いした通訳の人は刑事事件の接見には不慣れな人だったらしく、状況をつかめず、言葉通り「可笑しい」と考えて通訳してしまったのだと思います。

 

 外国人の刑事事件では、言葉の問題で意思疎通にかなり苦労するのが実情で、こんな事態に遭遇したこともあります。
 中国人の被告人で、当初違法入国で逮捕され、その後オーバーステイが追加されたという事件でしたが、接見にいくと、自分は違法入国はしていない、正式な手続で入国したと主張しています。すでに取り調べを受けていたので、そのときにはどう答えているのかと聞くと、自分は密入国をしていないと答えたと言うのです。
 ところが、捜査記録を閲覧してみると、被告人の供述調書では、自分が密入国をしたということを認めたものになっていました。
 本人に再度接見し、通訳の人に調書のその部分を翻訳して説明してもらったら、そんな質問は聞いておらず、そのような答えをしたことは無いと言うのです。なぜこのような調書ができあがったのか、被告人から調書が作成されるまでの事情を聞くと、取り調べのときに付いていた通訳の説明がよく理解できず、曖昧な返事になることが多かったということでした。
 つまり、何を聞かれているかよくわからないまま答えていたというのです。警察で意図して虚偽の自白調書を作ったというつもりはありませんが、被告人の供述の確認が十分でなかったことは明らかです。言葉の障害は時としてこのような事態を招くことは考慮しておかなければならない問題です。
 だから、特に外国人の場合は、自白調書があったとしても警戒が必要だと思います。

 

 この事件は、調書の内容とは別に、パスポートが偽名を使っての虚偽のものではなく、本人の通称名によるものだったということが、出身地の委員会(日本の自治体のような組織)の証明書により立証できたため、違法入国は無罪となりましたが、オーバーステイの事実はあったため、本国への送還で終了となった事件でした。
 言葉だけではなく、出生登録や戸籍制度などについての中国の現状についての知識も必要なケースでしたが(日本のように戸籍制度が完備されている国はそれほど多くありません)、外国人の刑事事件のありかたについて考えさせられる事件でした。

 

 弁護士の「弁」という文字は、古くは「辯」でした。
 この漢字からも、弁護士とは、言論・議論、つまり「ことば」に関係する仕事であることが窺えます。
 「ことば」は奥深く、それを巡る誤解・紛争も枚挙にいとまがありません。だから、できるだけ、言おうとすることが相手に理解できるように、多義的なことばを避けて文章を作り、発言するように努める必要があります。
 接見の際に、通訳の人が「funny」と通訳してしまったのも、私が多義的な「おかしい」という言葉を使ったことによるのです。「間違っている」「変だ」という言葉にしていれば、このようなことは避けられたはず。自戒して、相談のときや、書面を作るときには、わかりやすい表現をするように心がけています。



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